2010年09月20日

『ごちそうめん』

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そうめんには、「ハレ」のそうめんと「ケ」のそうめんがある。


小学校低学年の頃の夏のある日、家族で倉敷に行った。大原美術館などを見てまわっていたのだが、あまりに暑い。倉敷もまだ観光地化されていなかったし、当時は、冷房の効いた喫茶店などなかったのだ。

そこで、父が飛び込んだのが『旅館くらしき』。父はそこを仕事では使っているらしく、お座敷に上げてもらい、麦茶などいただいて、ひと息ついた。

汗まみれの服を乾かしている間、ゴワゴワの木綿のスリップ一枚で庭ごしの風にあたっていたら、そうめんが運ばれてきた。しかも、そうめんは大きな氷をざっくりと、はつって作られた器に入っていた。碧いもみじを一枝添えて。

あまりに鮮烈な印象だったので、今もくっきりと覚えている。こんな見事な演出の、「ハレ」のそうめんにはその後お会いしたことはない。


「ケ」のそうめんで印象に残る景色は、溝口健二監督の映画『祇園囃子』で小暮美千代が、お座敷に出る前に家のちゃぶ台でつまらなそうに食べているところである。浴衣か襦袢のまま、「おばさん、お座敷受けるし電話たのみます」とか言いながら、つるつるすすっている。

高橋留美子の漫画『めぞん一刻』にも、印象的なシーンがあった。五代くんのおばあちゃんが山形からやってきて、五代くんの部屋にしばし滞在する。おばあちゃんは姐さんかぶりに襷掛けでせっせと掃除をし、窓にすだれを取り付け、風鈴を吊す。さらに、田舎から秘蔵の梅酒を送らせて「よし、これで夏が来た」と言って、正座してそうめんをちるる〜っとすするのだ。梅干しのような口をとがらせて。






そうめんをおいしく食べたいと思ったのは、お酒を呑むようになってから。そして江戸時代からこちらの風俗に興味を持ってからだと思う。めんつゆのCMで池内淳子が、路地の真ん中にある井戸でそうめんを洗うシーンがあった。あの路地は、私の通った大学の裏手にあり、根津方面に下りてゆく時、わきみちをして通り抜けてはその風情を楽しんだ。

鎖がほどけて、どこか不安そうなムク犬、ステテコ姿のおじさん、アッパッパーのおばあちゃんが杓で巻く打ち水。井戸には、カルキ抜きのサラシ袋が取り付けてあり.....。

蝉。すだれ。行水。冷奴。瓜。風鈴。朝顔。蚊取り線香。カナブン。西瓜。井戸。そんな夏のイメージオンパレードと、そうめんがやっと結び付いたのだ。



そうめんのつゆの味には苦労した。私が育った家では、つけめんのつゆはみな同じ。そうめんもそばもうどんも、みな濃くて辛かった。そうめんは油を使っているので、独特の香りがある。この香りを生かして殺さず、さらに引き立てるつゆがいい。さらに、グッと飲める味がいい。

干したもの同士の相性だろうか。そうめんのつゆには干しいたけと干えびが合うようだ。そしてかつおぶしの、華のある香りも欲しい。



■そうめんと、つゆ

干しいたけと干えびは水に浸けて、半日冷蔵庫に入れておきます。火にかけ、アクをすくいながらしばらく煮て漉し、淡口醤油とみりんで味をつけて、追いがつおをして香りと旨味をプラス。かえし(#)を少々足します。

干えびは瀬戸内海あたりのものを。一度、中華用のを使ってひどい目にあいました。薬品を使って乾燥させたものなのか、なんとも言えない匂いで、おつゆがだいなしになりました。


そうめんの基本は、つゆと新生姜と茗荷だと思っています。いわばこれが「ケ」。

そこへあれも欲しいこれも欲しいと、薬味を増やしてゆくと「ハレ」になってゆきます。


めんに薬味や具を乗せ、つゆをたっぷり張っていただく。いわば、「ぶっかけそうめん」です。ふだんは一人分ずつ、ガラスの鉢に盛りますが、人寄せの時は、ちょっと工夫します。

大ぶりの鉢や桶に茹でたそうめんを入れて薄めの出汁をはり、に薬味を並べます。別の小鉢にそうめんつゆを取り、そこにめんと薬味を浸していただくのです。

水に放して薬味を添えるには、種類も量も多すぎる。めんの上に並べれば見た目も華やかだけれど、水っぽくなる。そこで、薄めの出汁を張ったらどうかな、と思ったのです。


新生姜、茗荷、紫蘇、胡瓜、錦糸玉子、干しいたけ旨煮、以上はみな繊切り。そして何より焼き茄子。焼いて皮をむいたら、竹串で縦に4つか6つに裂いてから、ヘタを落として半分に切ります。焼き茄子とそうめんの相性は最高です。さらに、いかなごの釘煮が甘ほろ苦いアクセント。あと、茹でた海老があるとぐんとにぎやかに。

めんは、茹だったらざるにあけて水道水で粗熱を取り(めんが熱いうちに手を入れると匂いがつくので、ざるの下に手をおいて加減を見ます)、必ず氷水でもみ洗いします。

もんでいると、そうめんの質がわかります。良いそうめんは弾力があり、半透明の象牙色。その時、すでに私は手でそうめんを食べているのです。


しかし.....、もう、秋ですね。


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(#)かえし=濃口醤油とみりんを同量ずつ合わせ、火にかけて1/2くらいまで煮詰めたもの。500ccずつで作って保存しておきます。あらゆるタレに使えます。






posted by 瓜南直子 at 21:47| Comment(0) | 料理 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年09月19日

北條時頼の好物?―『時頼味噌』

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『徒然草』に最明寺入道北条時頼の質素な生活振りについての記述がある。

時頼から酒の相手に呼ばれた大仏宣時がかけつけたところ、時頼は実は肴がないのだと言う。そこで宣時が台所に入り、小土器に付いた味噌を見つけた。これでよい、と時頼は言い、味噌をなめながら二人で酒を飲んだという話。

確かに鎌倉武士の質実剛健なイメージが読みとれるエピソードだ。しかし当時、鎌倉では酒宴がさかんに行われ、日々倍増の勢いで「薬種を唐様の膳に加へ」られて行ったようで、その華美な風潮を諌める意味もあったようだ。

鎌倉武士と味噌、とはなかなかいい取り合わせである。そこから「時頼味噌」というネーミングが浮かんだのだが、これが時頼が酒の肴にした味噌か、というとそうではない。これは九州の郷土料理「冷やし汁」のベースとなる味噌である。これを出汁で溶き薄めて冷やし、茗荷や胡瓜、紫蘇などを浮かべたものを、麦ご飯にかけて食べるのである。しかし、なんとも味わいの深い味噌で、酒にもご飯にも、また蒲鉾や田楽、また玄米との相性は抜群にいい。



■「時頼味噌のぬた」

材料は、あじと胡麻と味噌。あじはハラワタとエラをとって、白焼きにします。こんがり、しっかり焼いて下さい。

焼けたら、身と骨に分けて、身はすり鉢へ、骨は名刺くらいの昆布と鍋へ入れて水をはり、ゆっくりコトコト煮て出汁をとります。昆布がアクをまとめてくれるので、それを引きながら10分ほど煮て漉します。

身をすりこぎでほぐしながらすり、ごまペーストと味噌を加えてよく合わせます。つぶつぶ感があると楽しいので、いりごまをひねって加えます。あじの身を10とすると、ごまペーストは2、味噌は10(お好みで8〜12)くらいです。

これを、平べったいおだんごにして、オーブントースターで両面軽く焦げ目がつくくらいに焼いておきます。あじの骨でとった出汁でのばせば「冷やし汁」になるわけです。地方によって「冷や汁」「冷やっちる」とも発音するらしい。

でも、この味噌、あじの旨味と胡麻のコクが効いていて、かなり濃厚ですが、ぬたや付け味噌にもいいんです。少し出汁でゆるめて、胡瓜や谷中しょうがに添えたり、それを卵黄で溶いて田楽にしたり。また、お酢と出汁、煮切りみりんでゆるめて、ぬたに。

ここでは、茹でたいかや分葱や茗荷を合わせました。

焼いてあるので日持ちします。アルミホイルにつつんで保存します。

そして究極は、そのまま。

これを小鉢にちょこっと乗せ、徳利に猪口を添えれば、ホラ時頼。

もののふの酒席の景色ができました。


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posted by 瓜南直子 at 21:09| Comment(0) | 料理 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年09月11日

カナン的日常―復活剤としてのトムヤムクン―

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突然、元気になっちゃいました。

実は、夏のあいだ信じられないくらいに調子が悪かった。やらなくちゃのことは、おてんこ盛りなのに、体調はすこぶるよろしくない。もう、2ヶ月くらい真夏日が続いていて、食欲もない。そんなこんなで、かなり非生産的な夏だったような気がする。目の前の低い段差を必死に越えるだけの夏。

9月に入っても、あいかわらずの真夏日。低い段差をゼエゼエいいながらはい上がっていた時、「トムヤムクン」の6文字が浮かんだ。

トムヤムクン?あ、忘れてた。あ、それなら食べたいかも知れない。

ペーストはあるけど、ハーブがない。ドライのものが揃わないので、冬に「豚のトムヤムしゃぶしゃぶクン」をしたきり、頭から消えていたのだ。どうしようかな、なんとかならないかな。

で、ネットで調べたらありました。冷凍生ハーブ。3000円以上ならクール便代もなし。探しまわらなくて買えるんだー、とネット初心者の私は、素朴に感動し、さっそく注文しました。カー、バイマックルー、タクライ、プリッキーヌ。でも、「お届けには4日〜8日かかることがございます」と書いてある。そんなに間が空いたら今、フワッと湧いてきたこの感じ、どこかに行っちゃいそーだな。ペーストだけで作るかなー、と思っていたら、メールが。

「本日発送いたしました。明日の午前中のお届けになります」

かくして、欲望は最短時間で叶えられたわけです。

トムヤムクンは簡単だから、作ってもらっちゃおーかなー、と祖父に一任し、私はいつものしらすピザをタイ風に作ってみました。

あれだけ、ちょっと食べたら持ち上がるようだった胃にスルスル入ってゆく。五臓六腑にしみわたるとは、このこと。飲めば飲むほど気持ちよく、香りと刺激と酸味と辛みがみるみる全身に行き渡る気がした。

私は香りのものと酸味が大好きで、山椒、すだち、青柚子、黄柚子、と一年中香りものを追いかけている。しかし、夏はそんな香りものがないのだ。その欠落もみごとに埋めてくれた。

夏中、重い胃と吐き気にのたうち回っていた朝が嘘のよう。すっきり起きて、炒り番茶を飲んでも歯磨きをしても逆流はなく、朝ご飯もスルスル入りました。

なんて簡単な身体なの、わたし。


それにしてもなんで、夏のはじめに湧いてきてくれなかったんだろう、トムヤム君。





posted by 瓜南直子 at 16:42| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

カナン的日常―17歳の一行―




台風が東京を襲った日、銀座で2軒、さらに有楽町駅わきの場末感たっぷりな店で、終電ぎりぎりまで呑んだ。横須賀線の終電は混むので、できるだけ乗りたくないのだけど、台風のおかげか、この日はめずらしく座れた。いつもなら、そのまま眠ってしまうところだけど、台風とは巻き方のちがう小さな渦にとらわれた私は、脚を投げ出して放心状態で座っていた。

武蔵小杉を過ぎた頃、とつぜん、頭の中に17歳の頃の日記の1行が出てきた。

「心の芯が疼くまで動かない」

それは、日記の中で前後のつながりとは何の関連もなく、上下の空の行に護られて一人で立っていた一行だった。


前後には、今日も制服をトイレで着替えてデパートのコインロッカーに隠しただの、アイビーで決めたキー坊(♀)とROPE、KENZOのコンチな私の組み合わせって何、とか、この二人でつるんで、表町の通りを3往復したらシスターに遭遇したけど気づかれなくてラッキーだとか、それからたまり場で煙草吸ってたら巧くんがやってきて、明日おじさんの工場が休みだから、バンドの練習やるからな、と命令した。一年のくせに生意気だー、と言ったらキー坊が巧くんは中学浪人してるからタメだと言った。というようなことが、だらだらだらだらと書いてある。

つまり、不良女子高生まるだしの日記なのである。



なぜ、こんな古い日記を覚えているかといえば、読み返したからである。絵を描きはじめた頃に一度、中学生の頃からの日記を読み返してみたのだ。それまで、あまりに雑多な時を過ごしてきたので、およそ20年間の自分の心の時系列をさかのぼり、どこから来たのか、いったいほんとは何が欲しいのか、確かめようと思ったのだ。


その時に、あまりにとっぴなこの一行だけが解けない謎として残った。

心の芯が疼くまで、動かないとは、どういうことなのか。動かないのは場所なのか、何らかのアクションなのか、何の形容なのかわからない。しかし、「バネがついてる」と言われる私にしては、ずいぶんと慎重な言葉だ。



30代半ばにして、16、7の自分に憑依したおかげで、かなり建て付けの悪い人格となり、社会とうまく折り合いがつけられなくなってしまった。その結果、結婚生活もできなくなり、仕事にも支障をきたすようになり、絵一本がやっと、というひどく効率の悪い生き方にシフトしまった。以来、幾度か方向を修正したり、多少枝を増やしたりしながら、なんとかここまできた。

今なぜ、匕首をつきつけるように、この一行をかざして17歳の私がやってきたのか。

しかも、どこから乗り込んだのか、横須賀線の最終に。

しばらくは彼女に、しっかりと乗り移られていたが、私の退屈な日常に飽きたのか、どこかへお出かけしたようだ。しかし、それ以来ヒョータンツギやおむかえでゴンスのように、日常のコマに顔を出しては、私を困らせている。



また、ひりひりの季節がやって来るのだろうか。





posted by 瓜南直子 at 16:39| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年09月07日

「逝く夏を送る宴」―3■「豚の冷菜 薬味ポン酢ソース」

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■「豚の冷菜 薬味ポン酢ソース」

先日の宴会「逝く夏を送る宴」で初披露したものです。見た目は普通ですが、食べると予想外にさっぱりしています。

実は私、冷しゃぶというのがどうも苦手で、ほとんど自分では作りません。何よりあの固まった脂、そして味の抜けたお肉にタレをつけるというのもつまらない。

では、塊で、脂を抜いて作ってみようと思い、豚の角煮を作る時の脂ぬきを流用してみました。

肩ロースの塊肉をテフロンのフライパンに入れ、弱火で全面焼きながら、脂をぬきます。

大きな鍋に塊肉とオカラを入れ水をたっぷり入れて、火にかけます。沸騰したら弱火〜中火でプクプクさせながら、オカラに脂を吸わせます。

その間、別鍋に水と野菜屑(ねぎ、ニンニク、キャベツの外葉、玉葱の皮や芯、セロリの葉など)を入れて煮ておきます。味はつけません。

1時間くらいしたら、肉を取り出して、オカラを洗い、野菜スープの鍋に入れます。沸騰したら弱火で5分ほど煮て、そのまま室温まで冷まします。

大きめのタッパーに肉を入れ、野菜スープをかぶるくらいに浸して冷蔵庫で保存します。

ソースは、甘くないポン酢に、長ねぎのみじん切りや電子レンジかホイル焼きで火を通したニンニクのみじん切り(生ではキツイので)、生姜、紫蘇など好みの薬味をたっぷり入れたもの。好みで豆板醤や胡麻油を加えても。でもあまりくどい味にしない方が、お肉の味が引き立ちます。

薄く切って皿に盛り、ソースをかけていただきます。内臓に近い肩ロースの濃い旨味が味わえます。

茹で汁につけたままなら数日は保存できます。スープやラーメン、和えもの、サラダにも使えます。

夏でも、こんな保存食が冷蔵庫に入っていると、たのもしいかぎりです。日々の料理はかえし縫いのようなもの。かえし縫いだからこその発見があり、新しく、でもなつかしい味に逢えるんだと思います。







posted by 瓜南直子 at 23:01| Comment(0) | 料理 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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