2010年12月28日

芸術新聞社サイト「ART ACCESS」に個展の案内が掲載されました。

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芸術新聞社の常盤 茂さんとは、15年以上おつき合いいただいている。まだ、貸画廊でひっそりと発表していた頃、「アート・トップ」という大判の美術雑誌(現在休刊)に、まるまる1ページを使って後追い記事を載せて下さった。その後、一時「新美術新聞」に在籍されていた時も、「フェイス21世紀」という一面のコラムで【兎神国へのいざない】と題して、私の絵画世界を語って下さった。その時、よりにもよって江の島で野良仕事のむぎわら帽子をかぶって、さざえ串を頬張っている写真を載せてしまったことを、今もくやんでいる。

京都にいる時は、京都に訪ねてきて下さり、暑い暑い京都の夜を一緒に六道まいりをしたのもなつかしい。松原通りを東へ。六波羅密寺から、六道の辻へ。幽霊子育て飴で有名な西福寺では、ばあちゃんたちの御詠歌を聴きながら「六道十界図」や「壇林皇后九相図絵」などの絵解きを堪能した。しかし、傍らでは人が生きて死に、その亡骸の行く末までリアルに描かれた絵巻をしっかり見るように、とパパに言われた幼稚園児が泣いている。そして六道珍皇寺へ。汗だくで、地獄から四条の橋へもどれば、鴨川の風が天女の団扇から吹いてくるように香しい。我々の熱い夜は、そこから先斗町の路地にあった「楽」へと乗り込み、キープしてある一升瓶の剣菱を空けるまで続いたのだった。

今回の個展の案内を 芸術新聞社サイト「ART ACCESS」に載せて下さると聞いて、画像と資料のデータを送った。

常盤さんは、その資料の切り貼りではなく、ご自身の言葉で語って下さった。

そのことが、なによりもうれしかった。

祖父は常盤さんを称して「薄情そうな渡り鳥」と言うけど、薄情なんかではない。熱い厚い方なんだと思う。


ありがとうございました。


芸術新聞社サイト「ART ACCESS」http://bit.ly/8zdaw6
 瓜南直子個展「兎神記拾遺〜巻之一」紹介ページ http://bit.ly/g6kNYr


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2010年12月24日

瓜南直子、You-Tubeに登場。



ツィッターで交流している@tokyomarlinさんが、ブログにあげた作品画像数十点と
Still D.R.E.wmvをBGMに編集してYou-Tubeにあげて下さった。こんな、うれしいことはなくって、動画を見ていて、胸の底に熱いものが流れ、ついにあふれてしまった。非力ゆえ、展覧会で図録を作ることもできず、いつか画集を作りたいと思いつつ、今生では無理だろうとあきらめていた。

お願いしたわけではないのだ。とつぜん、こんなもの作りましたのツィートがあったときは半信半疑。また、バカなツィートでもまとめられたか、とURLをクリックしてみると、そこに息をのむような動画があった。

わたしは、なんて果報者なのだろう。

今日のところは、素直にこの感動を伝えたいと思います。

お逢いしたこともない、でもその人柄が好きでおつきあいいただたいているtokyomarlinさん。心から感謝いたします。こうやって、多くの方に作品を観ていただくチャンスを与えて下さったことに。


【瓜南直子作品集】http://www.youtube.com/watch?v=31eBjBUHTmI




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2010年12月21日

「兎神国」の国造り

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                                           M8「綿虫」




30半ばになるまで、世間を寝過ごし、呑み過ごし、ようやく絵にたどりついた。

1989年の夏のことである。

手探りで見つけた王国に「兎神国」という名をつけ、その地図をなぞるように絵を描いてきた。兎神とは月である。ひのもと日本によりそうようにある国だとは、もっと後に気づくことになる。

言葉、文字、物語…。言葉の切れはしと形を結びつけて、絵が初めて生まれていくのは、当時も今も変わらないが、ある明確なテーマのある個展をして行きたいと思い、それを展開できたのは柴田悦子画廊での数回の個展のおかげだと思う。

初期型の珍品がさらされるのは、内側を鷲掴みにして、取り出され、裸にされるようできまり悪く恥ずかしい。だが、何を云う、自らすすんでやってきたことでないのと自分をはげまし、はげまし。

まだまだ描きたいものは、うずたかく裏山に積んである。

どうぞ、みなさん、これからも私に絵を描かせて下さい。







2007年の柴田悦子画廊での個展『今昔物語』のパンフレットに載った文章である。

これは柴田さんが挨拶文を書くためのテキストとして、私が走り書きしたものだったのだが、FAXを受け取った柴田さんは、作家の生の声が聞こえてくる、と言って、そのまま載せてしまった。


『今昔物語』とは、絵描きとしての、瓜南直子の今昔なのである。貸し画廊で発表していた頃の作品と、近作新作を対比させる、という試みで前期後期に分けて展開した。しかも2年続けて。

たいした実績もない絵描きが、こんな集大成のような個展ができるなんて、私は何たる果報者であろう。


同パンフレットで柴田悦子女史のペンによる挨拶文には、こう書かれている。


「今は昔、絵と物語・詞は分かちがたく結びついていました。

絵から言の葉が流れ出し、言の葉から絵が紡ぎだされる−その蜜月の時代は遠くなりましたが、20世紀末・1990年に豊饒な物語世界を孕んだ作品を携えて絵師・瓜南直子が画壇に登場、太古のおおらかな精神を汲んだ絵巻を、少しずつ広げては心躍る世界へと誘ってくれています。

『絵でなくては伝わらないものを、なんとかしてやらなければならない』

と初めて絵筆を握ってからの歳月、瓜南直子のたらした矛の先のしずくは色々な『たましい』を生み出し、歴史や自然のあわいに漂う精霊となって長大な時間や空間を流離するという暗喩に満ちた『物語』となりました。」




書き写していて、しだいに背筋がのびてきた。

さて。次の物語。

私は描ける間、ずっと「兎神国」の国造りをしてゆくのだ。


     (瓜南直子のブログ 2010年02月14日 『今昔物語』より再掲)





〇「兎神記拾遺〜巻之一」と題して、近作と新作による個展をいたします。

2011年1月24日~2月4日 銀座森田画廊


写真は個展のDM用の作品「綿虫」。新作はあと2点、30号と8号の発表を予定しています。

小さな画廊の空間に、兎神国の地図を描いてみたいと思っています。










posted by 瓜南直子 at 11:54| Comment(0) | 個展は麻薬。 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年12月18日

■ブログ版=瓜南直子展=「けものへん」3.

いったい、どれだけ食べたのか。三匹ぶんの夢の重さ。
「夢飼い」

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大いなる樹の主に、また春がくることを願う。村じゅうの祈りをわたしは背負ってこの樹の嫁になる。
「冬じたく」

冬じたくA.jpg








はねこ、はねと、とべたら本こ。
「こいのぼり」

こいのぼりA.jpg








黄昏れて象を売り歩くのだ。たぶん、これからも。
「象売り」

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posted by 瓜南直子 at 22:46| Comment(1) | ブログ展覧会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年12月13日

■ブログ版=瓜南直子展=「けものへん」2.



「かぜよみ」はその大きな耳で風を読む。くすぶる煙の立つところ。くぐもる泣き声。みな風にのって、かぜよみの耳に届く。

「かぜよみ」M8
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「おとよみ」は音色や調べで、どこへ行くかを知る。かならず笛を奏でる童子を連れている。

「おとよみ」M8
おとよみ.jpg












まだ、だれにも見つかっていない。月は知らん顔。

「三睡図」変10
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龍になれるとウワサで聞いてから、毎日浅瀬から上る稽古を積んできたんだ。今日こそきっと、この滝をのぼればきっと。

「いを遣い」変10
いを遣い.jpg




















posted by 瓜南直子 at 23:43| Comment(2) | ブログ展覧会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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