2011年04月28日

「瓜南直子展」 大阪 梅田画廊


夜の図鑑 DML.jpg
「夜の図鑑」S30




■5月12日〜21日 大阪 梅田画廊にて、近作、新作、およびドローイング、パステル画を含め30余点による個展を開催いたします。


近作は、昨年の高島屋の個展、今年の森田画廊の個展、今月 神保町画廊に展示した「表現者」の表紙原画をふくめて展示。

パステル、ドローイング5点は描きおろしです。
昨年の秋に「鎌倉ペンクラブ」の表紙原画にパステルを使ったドローイングを一枚描いて勢いづいたので、
今回まとめて制作してみました。

新しい画材を苦労しながら、ふりまわされながら、失敗をくりかえしながら、
なんとか自分のイメージに近づけてゆくのは、ある意味いちばん楽しい。

一枚仕上げに近づくたびに、次の課題がみつかる。
すぐ、次の絵を描きたくなる。
まだ、岩絵具による本画のイメージをパステルやペンで描いているって感じですが、
いづれ、本画とはまったく違う世界をつかみたいと思っています。

また、新しい課題ができました。
これだから、個展はやめられない。
麻薬のようなものです。



「夏命」M8
1Mパステル.jpg




「しろきほのおのたつをみる」F6
Mパステル.jpg



「夜の器官」変8
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初日と2日めは会場におります。
どうぞ、お出かけ下さい。

初日4:30〜オーブニングレセプションがあります。


梅田画廊
http://www.umeda-garou.jp/



posted by 瓜南直子 at 12:13| Comment(0) | お知らせ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年04月13日

「寝目物語」販売中!!

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4月1日〜4月23日の間、神保町画廊における近作10余点の常設展示で、瓜南直子画文集「寝目物語」を販売しています。

『寝目物語』は、2000年〜2001年にかけて「月刊美術」誌上で連載した、小さなお話と絵をつづったページ。

2001年8月に、銀座ギャラリー・ミリュウで原画展を開催し、同時に画文集『寝目物語』を刊行しました。

神保町画廊 オーナーの佐伯千佳さんが、去年までギャラリー・ミリュウのスタッフだった縁もあって、今回ここで販売できることになりました。
くわしくは画廊HPをご覧下さい。神保町画廊 http://www.jinbochogarou.com/


そして、今回の展示によせて、アートライターの金田一好平さんに寄稿文をいただきました。金田一さんは雑誌「アートトップ」の編集者として活躍されていた方。昨年フリーとなり、現在は、アートに関わる独自の文筆活動をされています。お名前からおわかりとは思うけれど、あの金田一春彦氏の末裔でいらっしゃいます。なのに、私は金田一さんを見るといつも、飄々とした雰囲気を漂わせながら、いざ剣を抜くとスゴ腕の武士、というイメージを持ってしまいます。

寄稿文は、プリントして来廊された方にお配りしています。



惚恍(こつこう)の物語に遊ぶ 

老子によれば、「夷」、「希」、「微」というものがあって、それはそれぞれ「視ようとしても見えないもの」「聴こうとしても聞こえないもの」「捉えようとしても得られないもの」とあります。これらは追いかけても無駄で、結局「無」に戻ってしまい、その状態を「惚恍(こつこう)という」ともあります。

瓜南さんの作品も、そんなところから生まれてきたものなのでしょう。彼女の作品には必ず深い物語性がありますが、そのお話はきっちりとした四角四面なものではなくて、それこそ夢の中を歩くようなもので、横にそれたり上に飛んだり、ぐるっと廻って同じところに顔を出したりするような物語です。「日本からはじまって中国に渡ったはずだけれど、いつのまにか……。でも、やっぱり日本かな?」。溜息で飛んでしまうように朧げな、ゆったりとした登場人物が棲む世界は、ひょっとしたら作品を観たひとの心の世界なのかもしれません。

今回の10点程の作品には出版物の表紙になったものもあり、再度のお目見えという方もいらっしゃるかもしれませんが、このような時世だからこそ、夢の世界にしばし渡って、物語を追いかけて「恍惚」とすることも大切なことと思います。
                     
                                               アートライター 金田一好平





呼龍笛1.jpg
「呼龍笛」F8


そして私も今回の展示に合わせて「表現者」のコラムをベースに文を寄せました。
こちらもプリントして、画廊でお配りしています。




もう一度 蜻蛉島の美しさを。 
 
孤児のような気持ちを味わっていた。ながい間、私ひとりが薄寒い現代にぽつんと生まれ落ちた気分でいた。
いっそ明治の半ばに生まれて、先の戦争の前に死んでいたらよかったのに、などと思ってもいた。

子供の頃から古典や歴史が好きだったけれど、それは記された遠い物語であり、
いくらその世界にあこがれても、入ってゆくことはできない。
書物の中に、なつかしい匂いを嗅ぐほどに、私は寂しかった。

しかし二十年ほど前、ある小説を読んだのをきっかけに、
自分が立っている時代から、地続きに時代を遡ってゆくコツをつかんだ。
コツさえつかめばしめたもの。
はずみをつけて明治から江戸、室町、平安…と遡って行った時、
私は自分の体内に流れている日本という大いなる河を感じた。

太古からの幾百層にも重なった時代のどこを掘り起こしてみても、
そこに自分に似たものを見つけることができるようになった。
万葉集や風土記、閑吟集、絵巻物を開けば、私の声でうたう人がいる。
時には、虫やけものや魚だったり、老人や子供、何かの化身だったりと、姿をかえていても。

神話の時代から、緑と岩清水に造形された、この奇跡のような島だけが持つことができたものがある。
その感覚は誰もの内の深い処で、たしかな記憶として眠っている。
それを掘り起こし、紡いでゆく。それが私の仕事だと思っている。
そして、私が描くまでのながいながい「時」そのものを、絵の中に棲みつかせたいと思う。
誰もが共有する内なる感覚にうれしくなるように。

語り部のように物語を記し描いてきた祖先の末裔として、
私はまだ語られていない、いわば拾遺を描いてゆきたい。

 
今回展示している中に「封印」という作品がある。
これは、面の中に閉じ込められていた娘が、
まじないを解かれて初めて自分の目で世界を見た、と言うイメージを描いた。
彼女の眼にはどう見えるのだろうか、沈みそうなこの蜻蛉の島は。
 
どうかそのまっさらな目で、
蜻蛉島の美しさをもう一度、島の人々に伝えておくれ。

ここは、月と「かな」に護られた島だと、教えておくれ。


                                                 瓜南直子


封印M.jpg
「封印」M8












 

posted by 瓜南直子 at 12:54| Comment(0) | ブログ展覧会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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