2011年07月26日

コラム表紙を語る2.「農耕的絵画」

              

絵の描き始めは開墾のようなものだ。 

まず、生のキャンバスに石膏や雲母、金属粉、絵具などをランダムに塗る。
そして、いったんキャンバスをパネルからはがし、お湯をかけてふやかして揉む。
これをもう一度パネルに張りなおすと、刷毛やナイフなどの手仕事の跡は消え、
朽ちて崩れ落ちた壁のような下地ができる。

 
そこに下絵をトレースして、おおまかな色を置いてゆく。
この下地は凸凹がはげしいので、やすりをかけるなど地ならしをしながら進める。

単なる絵具の色が、昔からそこにあったかのように、
画面や形に浸み込んだ色になるまで、
削ったり洗ったりしながら何層も重ねてゆく。

画面は畑だ。
私は畑を耕し種を蒔き、せっせと面倒をみる。


 
ある程度育つと、絵が喋り始める。
ここをこうして、こんな風にして、と訴えてくるのだ。
それはもう、たいへんなお喋りである。
私は絵のしもべとなり、毎日絵の話を聞いて、気に入るようにせっせと描く。
こんな色イヤだの、このへんに草木の一つでも描いてくれだの、
形が痩せてるだのとだだをこねる。

寒いとか寂しいとか言うので賑やかにしてやると、
今度は静かなところに行きたいなどと無茶を言う。



かくして仕上げ近くまで毎日、私は絵にお仕えモードである。
至れり尽くせり、あやされ可愛がられて満足した絵は、
やがて安心して眠ってしまう。

やつらは言いたいことはなんでも言うけど、仕上げるということを知らないのだ。

こうしてようやく、私に出番がまわってきた。
やつらがぐっすり眠っている間に、私の思い通りに仕上げてしまうのだ。
タイトルを決めて落款してしまうと、やつらはもう喋れないし出られない。



次の絵は、お喋りどころかまだ目も開かないようだ。
私はまた、鍬をかついで畑へ行く。
広い畑を見渡しながら、肥料をまき、雑草を抜き、芽を間引く毎日だ。
害虫や害鳥を追い払うのにも余念がない。



早く喋ってくれないかしら、と思いながら。

                                       【表現者】37号「コラム表紙を語る」より転載


表現者37M.jpg





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posted by 瓜南直子 at 13:46| Comment(1) | エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年07月23日

「湯島五七五展」と上田晩春郎氏



昨年の夏、富士宮【RYU GALLERY】で、
『三叉路』伴清一郎・美濃瓢吾・瓜南直子三人展をした時、
美濃さんから、俳句や短歌をテーマにした展覧会を企画していると聞いた。
会場は「羽黒洞木村東介」。あの「ランカイ屋木村東介」の画廊である。
現在はお嬢さんとお孫さんが画廊を経営されている。

秋山祐徳太子、阿部清子、宇野亜喜良、伴 清一郎、美濃瓢吾、吉野辰海など十数名の多彩な顔ぶれに、
木村荘八、長谷川利行の物故作家作品を合わせての展示。

自作の句もあれば、古典からの引用もある。画面に句を書き入れた作品も多かった。

今回私はは、ここのところ勢いがついているドローイングと、
支持体を寒冷紗にした下地のものを出品した。
俳句や歌は好きなのだが、詠むたしなみは持ちあわせていないので、
北原白秋の短歌、永田耕衣、上田晩春郎の句を拝借した。



地球は香る 土の息 月こそ神よ まどかにて ‐ 北原白秋 ‐ P8
月こそ神よS.jpg



かたつむりつるめば肉の食いいるや‐ 永田耕衣 ‐ M8 (ドローイング)
かたつむりs.jpg




雪の夜の夢遠国に子を棄てし‐上田晩春郎‐ 変4 (ドローイング)
遠国S.jpg


他の〆切を抱えていて、初日には行けなかったのだが、
出品者のほとんどが顔を見せてなごやかな酒席になっていたらしい。

秋山祐徳太子さんとは、富士宮在住の写真家 銭谷均さんを通じて、以前から面識はあったのだが、
偶然鎌倉の飲み屋でお逢いしてから親しくさせていただいている。
「表現者」のパーティーでもご一緒したり、1月の個展にも来て下さった。
純情でかわいらしく、人なつっこい魅力的な方だ。

私がオーブニングに行けなかったことを
「なんだよー。来ないのー?」と残念がっていて下さったそうだけど、
北鎌倉「佗助」に飲みに来るとおっしゃってるので、
その時にたっぷりとお相手させていただこうと思っている。



上田晩春郎さんは、20年ちかく前にお亡くなりになったが、
若いころ、今は無き酒場「長兵衛」でよく、ご一緒せていただいた。
もとは鬼編集者だったと聞いていたけれど、
私が知っている上田さんは、端正なたたずまいと洒脱な飲みっぷり、
おおらかでチャーミング、かつ色っぽいお人柄で、
まだ小娘だった私に、こういう風に歳をとりたいと思わせて下さった方だ。

私が空想の中で酒場で一人飲んでいる老人を思い描く時、
モデルは決まって上田さんなのである。

上田さんのお宅は原節子宅の隣で、
お葬式の時には不埒な弔問客がそちらばかり見ていたけど、
きっと上田さんは
「ふぉっ ふぉっ。美人にはかなわないね。いや、ばぁさんだけどね」と笑っていらしたと思う。

没後届いた、上田さんの句集「夢の蛍」をひもといていると、
既成の俳句概念にはとらわれない自由な心と、
セクシーでユーモアに満ち、飄々とした句が並び、
その味わいを肴に酒を呑みたくなってしまう。



 着ぶくれて 燗の加減の やかましき

 行く年や 貸して返らぬ 本あまた

 ハンドバッグ ぱちと春夜の 拒絶音 (これは、ヒッチコックの「断崖」のシーンだったのかと、数年前にやっと気が付いた)

 じんぐるべる ゴッホは耳を 殺ぎにけり

 着ぶくれて 何にもしない 男かな 

  「夕焼」の題を得たれば
 「夕焼」といふ名のバアがあってもよし

 荷風忌や一日だけの人嫌ひ

 懐手厚顔にして老獪なり

ほかにも、川上宗薫のことであろう、雪の夜ポルノ作家は牧師の子
という句をおぼえているが、この「夢の蛍」には載っていないので、
他の句集か、句会「春燈」の会誌で見ていたものかも知れない。


上田さんAS.jpg

                   「長兵衛」五十周年記念の時。左から上田晩春郎さん、長兵衛の中川典子さん、「源氏」の大ママ(殿山泰司夫人)



上田さんBS.jpg

                          ハンチングにジャケツ、ステッキ。上田さんはいつもこのスタイル。



「夢の蛍」は、この先老域に一歩ずつ足を踏み入れて行く私のにとって、
「老域の歩き方」であり、バイブルである。





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2011年07月22日

【寝目めも手帖】頁 其の四「品川の犬」



友人の個展のオープニングに仕出しをしようとした。


準備が間に合わないので、材料鍋包丁まな板全部持って家を出た。

電車を待つ間も、ホームの階段の手すりの上で材料を刻む。


横須賀線の中でも仕込みをする。
床に座って、シートにまな板を置いてあれこれ刻んでいたら、
見かねた親切な小学生が手伝ってくれた。



品川の乗り換えの時も、ホームで仕込みを続ける。

いつのまにか雨になっていた。


飯台に酢飯をあけ、あなごや椎茸、絹さやに小柱、干瓢、胡麻を入れて、
しゃもじで切るように混ぜる。
酢飯のダマができては、いいお寿司にならないので、
ここはていねいにていねいに混ぜる。


ホームに山手線が入ってきた。
電車のドアが開いて、たくさん人が降りてくる。

あわてて片付けようとしてバランスをこわした。
飯台が傾いて、お寿司を半分ぶちまけてしまった。


ザーザー雨の降るホームで、泣きべそをかいていたら、
犬がやってきて、ばらまいたお寿司を片付けてくれた。

「駅員さんに見つかると叱られるからね」

と言って、犬はせっせとお寿司を食べる。


ありがとう、と犬にお礼を言って、
残りのお寿司をなんとか飯台に盛り付け、風呂敷にくるんで電車に乗る。

電車の窓から見ると、ホームには10匹以上の犬がお寿司を食べていた。
さっきの犬は、遠ざかる私にウィンクしてくれた。


日も暮れてきた。間に合わないかも知れない。
なかなか電車は目的の駅につかない。

焦る。焦る。焦る。



やっとのことで着いた駅。
ころがるように電車を降りて、階段を上り、改札へ急ぐ。

改札を出て急げば、あと5分ほどで画廊に着く。
背中の調理道具をガチャガチャ鳴らしながら改札にたどりついた。

ところが切符がない。
かばんもポケットもどこを探しても、切符が見つからない。
駅員は腕組みをして、こっちを見ている。
じーっと見ている。というよりにらんでる。
品川の犬が言うとおり、駅員さんは怖いのだ。


切符がないんですぅー、お願いですーー、改札通して下さいーーー、おーいぉぃぉぃと、
身をよじって大声で泣きながら目が覚めた。



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2011年07月21日

【寝目めも手帖】頁 其の三「兎の神様」



兎の神様がやってきた。


神様は、9匹の兎がかつぐ満艦飾のお輿に乗っていた。

ガラガラと、玄関の引き戸が開く音がするので行ってみると、
一行はすでに、土間に入り込んでいた。

先頭の年寄りの兎が「神様です」と言うので、
おそらく神様なんだろう。

後醍醐天皇みたいな唐様の冠をかぶった神様は、
口をぎゅっと閉じてあごを上げ、こちらを見ようとしない。
フランク・ザッパにちょっと似た感じの、
エキゾチックな顔立ちは、なかなかイカしていたが、
残念なことに、お輿の飾りも御召し物もペナペナで、
安物の熊手か羽子板のようだった。

カイゼル髭のつもりらしい、ゴマ塩のボソボソした髭もなんだかみすぼらしい。



「今日は、おまいのところにやっかいになる」

もったいぶって神様が言う。
滑舌はあまり良くなく、もごもごしてる。

「神様、どちらからお越しで?」

と聞くと、うれしそうに髭をねじりながら顔を突き出して

「どこだと思うー?」

とニヤつく。


寝起きを起こされて、いささか不機嫌な私は、とっさに

「日暮里ですか」

と言った。


兎の神様はムッとして

「軽く見るでない。ベトナムから来たのじゃ」



なんでベトナムぅ?というのが声になり、その自分の声で目が覚めた。


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2011年07月14日

コラム 表紙を語る1.「蜻蛉の島。語り部の末裔として」


              

孤児のような気持ちを味わっていた。

ながい間、私ひとりが薄寒い現代にぽつんと生まれ落ちた気分でいた。
いっそ明治の半ばに生まれて、
先の戦争の前に死んでいたらよかったのに、などと思ってもいた。

子供の頃から古典や歴史が好きだったけれど、それは記された遠い物語であり、
いくらその世界にあこがれても、入ってゆくことはできない。
書物の中に、なつかしい匂いを嗅ぐほどに、私は寂しかった。


しかし二十年ほど前、ある小説を読んだのをきっかけに、
自分が立っている時代から、地続きに時代を遡ってゆくコツをつかんだ。
コツさえかつめばしめたもの。
はずみをつけて明治から江戸、室町、平安…と遡って行った時、
私は自分の体内に流れている日本という大いなる河を感じた。

太古からの幾百層にも重なった時代のどこを掘り起こしてみても、
そこに自分に似たものを見つけることができるようになった。

万葉集や風土記、閑吟集、絵巻物を開けば、私の声でうたう人がいる。
時には、虫やけものや魚だったり、老人や子供、何かの化身だったりと、姿をかえていても。

神話の時代から、緑と岩清水に造形された、
この奇跡のような島だけが持つことができたものがある。
その感覚は誰もの内の深い処で、たしかな記憶として眠っている。
それを掘り起こし、紡いでゆく。それが私の仕事だと思っている。
そして、私が描くまでのながいながい「時」そのものを、絵の中に棲みつかせたいと思う。
誰もが共有する内なる感覚にうれしくなるように。

語り部のように物語を記し描いてきた祖先の末裔として、
私はまだ語られていない、いわば拾遺を描いてゆきたい。



今号の表紙「封印」は、
面の中に閉じ込められていた娘が、まじないを解かれて
初めて自分の目で世界を見た、と言うイメージを描いてみた。



彼女の眼にはどう見えるのだろうか、沈みそうなこの蜻蛉の島は。

どうかそのまっさらな目で、
蜻蛉島の美しさをもう一度、島の人々に伝えておくれ。


ここは、月と「かな」に護られた島だと、教えておくれ。

  
                                    【表現者】36号「コラム表紙を語る」より転載


※35号で「コラム和食の散歩みち」は終了しました。




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posted by 瓜南直子 at 09:36| Comment(0) | エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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