2012年02月11日

「しみつかり」



しみつかり.jpg





去年の6月、仕事で初めて宇都宮へ行った。
餃子で有名な町だけど、人気の高い餃子の店は長蛇の列で、
並ぶのがことのほか苦手な私はスタコラ逃げ出し、駅前の居酒屋に入った。

そこにも餃子はあったので注文し、あと宇都宮でしか食べられないものって何かなー、
とメニューが書かれた短冊をながめていたら「しもつかれ」というのがある。

しもつかれ、しもつかれ、しみつかり、しみつかり…。

なんだっけ、何か聞いたことある。
そうだ。辻 嘉一の本に出てきた。写真がなかったので、読んでも味が理解できなかったものだ。
居酒屋のおやじさんに聞くと、鮭の頭をどうこうして、ごぼうやにんじんが何とかで粕が入ってて冷たいものだという。

まったく想像できない。

粕汁でなく汁気はなくて、冷たい?????



あとで宇都宮出身の人に聞くと、お正月とか、寒い時に冷たいものを食べさせられたんですよ。
あれがもう、イヤで嫌いで…、と思い出しながら、すでに半泣きになってる。

たしかに、私が宇都宮に育って子供の頃、これを食べさせられたらいやだろうなぁ、という味。
でも、しみじみなつかしい味。滋味にあふれた食べ物だった。



ここのところ、逼迫財政のため乾物総動員である。
昨日も、友人のイラストレーター 田代知子さんに教えてもらった「打ち豆」で、何か煮物を作ろうとしていた。
打ち豆は青大豆をつぶして煮えやすくしたもの。
これとごぼう、にんじん、干しいたけ、お揚げを炊こうと思った。
きくらげもいれようかな?と冷凍庫を見たとき、酒粕が目に入ったのだ。

出汁で炊いてから、酒、みりん、淡口醤油で味つけをして、粕とお味噌を少し入れてみた。

ふたをして、じっくり味をなじませた。

熱々でなく、人肌くらいで食べてみた。
ご飯だって、ほかほかよりは人肌の方が味はよくわかるのだ。
見てくれは、ごらんの通り。いそいそ手を出したくなる景色はない。
けれど、一口食べて思わず言った。
「おいしい」

うん。これは、かなり好き。
日本の土壌そのものが、五臓六腑にしみわたるような味だ。
お正月に食べるのもうなづける。

能登のお雑煮が、おかかと海苔だけ、というのは能登が昔北前船の拠点として栄えたからであるし、
関東平野の空っ風が吹き、農作物の豊かな下野国の正月料理が、しみつかりだというのはうなづける。

「聞き書 栃木の食事」(農文協刊)によると、しみつかれ、しもつかれ、とも言い、大根おろしを加えて煮るものだという。
初午の行事食と書いてあるから、まさに今である。
なんというタイミングで作ったのだろうか私は。

今度は大根おろしを入れて作ってみよう。


辻 嘉一は、こう記している。
「全体の持ち味のかもしだす田園交響楽といった、のどかな、そして、おおらかな、太古につながるような滋味を
しみつかりの中から汲みとっていただきたい」

そして、しみつかり、とは「凍みつくように歯にこたえる食べ物」の意味だそうです。



ぶるるるるるるるー。




posted by 瓜南直子 at 14:14| Comment(0) | 保存食フェチ。 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。