2011年02月28日

『寝目物語』番外編 【おとよみ冒険記】





夢の振り子-A.jpg





【おとよみ冒険記】




ちかごろ、私は音読みである。



網の上で鰯がはねている時も、桶に湯を溜めている時も、
耳の奥深く、音が生まれるそこへ出かける毎日だ。

ねぷんの耳たぶを歩く。
くぬくぬ、ねぷんと地が揺れる。
こんなところを歩くのは苦手。
はずまぬよう、飛ばされぬよう、前足の短い爪をたて、
なんとか前へ進むと、こりりの軟骨の尾根に着く。

こりりこりりと登って見渡せば、
尾根は大きくカーブして、ヘ音記号のように終わっている。
ふしぎな地形だ。尾根を越えると、摺鉢状にゲレンデが広がる。

さくさく、さくさく、と歩いていると後ろから、
まだ音にならぬものたちが、私の横をすりぬけてゆく。
やつらは、ゲレンデの風にくるくると舞いながら、
洞窟の奥へ吸い込まれてゆく。

そんなに嬉しげに飛んでったところで、いずれ私に読まれるのだ、君たちは。



洞窟は、ゲレンデを昇りつめたところから始まっていた。
乾いた草が、床から天井までぐるりと繁り、さわさわと心地よく足をなでる。
ブッシュをわけ、痩せた樹木を手ではらいながら進むと、
枝につつかれてはがれた洞窟の壁が、はわっと落ちてくる。

枝にひっかかってるのも、いる。

上手に薄くはがした雲母みたいだ。
雲母。
そうだ。私には雲母はがしという技があった。
爪やピンセットを使ってペリペリ、
ペリペリと雲母を一枚ずつはがしてゆく。

雲母はがしについては私はプロで、かなり窮めておる。
特技と呼んでさしつかえないと思う。
もし、この技が芸にでもなるのであれば、
音読みにはならなかったかな、とふと思う。



ふなふなしてたぐるりの壁が、硬くなってきたところに、カーテンがあった。
次元の壁みたいなカーテン。
ははあ。この先、聖域なり。
関係者以外立ち入りお断りってとこだな。
でも、例の音にならぬものだちはどんどん入ってゆくし、
私も一応関係者だから、入る。


カーテンの奥は、浅い沼地になっていた。
ここはちょっと、ぬとにしてぴとだから、
足の裏が吸いつかないようにスキップでゆこう。

この先、風もなく光も届かないこの洞窟の奥に、
巨大なかたつむりがいるはずだ。
世界の音はすべてここにやってくる。
私は座って、かたつむりに手をかざし、この指先から、訪ねてくる音を読もう。



くう。くうくう。くうくうくうくう。

すざすざすざっ。すざっ。

かっかっかっ。けけっ。

けっ。

むりむりむりむりむりむりむりむり。









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2011年02月22日

『寝目物語』第十二夜 【くま】



くまM.jpg




【くま】


夜おそく、戸を叩く音がする。
開けると、そこにくまが立っていた。

だれなのと聞くと、
くまはか細い声で、遊んでくれるって言ったのにと、もじもじ言う。

でも私、こんなくま知らないし、
そんな約束もしてないわと戸を閉めた。
くまはずっと、外に立ってるようだったけど、
蹴破って襲ってくるタイプでもないみたいだから、
鍵をかけて寝てしまった。




古い壁に囚われて泣いていたわたしを救ってくれたのは、一匹の大きな熊だった。
壁に巣喰った物の怪を一吠えで追い出し、大きな手でばうんっと壁をこわすその力。
わたしはほれぼれと見上げて言った。
助けてくれてありがとう、お礼に一緒に遊んであげたいけど、
その大きな体も牙も爪も声も、わたし怖いの。

熊はしばらく考えて、九年待ってほしいと言った。
うんと修業して怖いのはなくすし、
牙も爪も抜くから。


きっとね、待ってるねと、
わたしは手を振りながら、帰ってゆく熊に声をかけた。



あれからちょうど九年たったんだ、と覚めかけの夢でつぶやいた。
くまは間違えて来てしまったらしい。
起きてる私は水くみやお稽古に忙しいのだ。
こっちに訪ねて来られても、こまる。

でも九年もかかって、たいへんな修行をしたんだと思うと、胸が熱くなった。

ゆうべはかわいそうなことしたかな。
よし、きのこ狩りに連れていってあげようっ、
と戸を開けてみると、
そこにはもう、あの小さなくまはいなかった。






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2011年02月18日

『寝目物語』第十一夜 【銀魚】

銀魚M.jpg





【銀魚】




足がほてって眠れぬ夜、遠くでばったんばったんと音がする。

起き出して音の方へゆくと、台所の三和土で魚がはねていた。
床を水びたしにして。
なんとか抱えて桶に戻し、私もそこに足を入れてみた。

魚はぐるぐるの渦を作りながら、尾を振って水をかけてくれた。
熱がとれてゆくのが何とも気持ちよく、
ようやく眠りがやってきた。




朝、水に浮かんでいるような気分で目がさめた。

体の中を、さよさよと水が流れているように。

さては私、魚にでもなったかと鏡を見たが、いつもと変わらぬ寝ぼけ顔だ。

家の中が何やらさわがしく、
春来たばかりの賄いのキヨが叱られて泣いていた。


昨日届いたばかりの魚がない、
あれは明日お客様をお招きするためのものだ、
お前何処へやったと父に問い詰められている。

キヨにはかわいそうだけれど何だか居心地悪くって、
そっとその場を離れようとすると、
父が見とがめて、その足はどうしたと言った。


見れば、脚の中を魚が泳いでいる。
帯をといてみると、
朝日を浴びた銀色の鱗がおなかのあたりをきらっきらっと走る。

夕べのことを話すと、
皆なるほど、しかし不思議なことがあるものだと首をひねった。
キヨは放心したような顔で座りこんだ。


何せよ、魚は買い直さねばならん、と父はすこぶる機嫌がわるい。




今も魚は体の中を泳いでいる。
夜になると桶で足を冷やし、時々は川へも行った。
水に入ると魚はよろこんで体を出入りした。


ただ困るのは、冬になっても熱い湯に入れない体になったことだ。






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2011年02月16日

『寝目物語』第十夜 【手のり深山】




手のり深山S.jpg





【てのり深山】





深山幽谷屋でございます。
このあたりを回って深山幽谷づくりをさせてもらっております、と男は言った。

ああ、聞いたことがある。昨今、巷で噂のあれだな。
糸屋の隠居や薬種屋が何やら熱心に話していた。
薬種屋は得意顔で、仙人らしきものがあらわれたなどと言っていた。

あの道楽者の経師屋が、このためにすっぱりと遊びも酒もやめてしまったとも聞く。


糸屋の別宅によばれた時のことだ。
皆がぜひ見たいというのに、もったいぶって隠居は座敷に入れなかった。
さては隠居の深山幽谷は、まだまだたいしたものでもないのであろう。

あのしたり顔の鼻をあかしてやるよい機会だ、
ぜひ作ってもらいたい、奥座敷をあけさせようと言うと、
イエ それにはおよびません。
まず、手のり深山から始めて戴きます、と妙な事を言う。


手のり深山とは何かと尋ねると、男は失礼、と私の左手をとって言った。

ちょうどこの手に乗る大きさの深山幽谷でございます。
これを育てて戴きまして、こう、霞がかかってくれば、あなたさまは合格でございます。
サレバ 座敷深山にとりかかりましょう。

森は深く霊気を生み、滝のしぶきが靄となり、山の頂きに紫雲を呼ぶ。
座敷いっぱいの深山幽谷、
それはそれは見事なものでございますよ。


と言うと、男は袂からするすると土を出し、
私の手の上にくりくりと盛り上げた。

不自由でございましょうが、霞がかかるまでのしばらくの間、辛抱なさいませ。
そう言って深々と頭を下げて、男は帰っていった。



以来、膳につく時も寝る時も、
私は左の手のひらで、できそこないの深山幽谷を育てている。






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2011年02月13日

『寝目物語』第九夜 【夢のぞきの盥】



夢のぞきの盥-A-S.jpg



【夢のぞきの盥】



縁側の盥で水がきらりと光ったので、
金魚でもはねたかと見たが、数匹いたはずの金魚も藻もなくなっていた。

あたりに足跡もないから、猫がさらったわけでもない。

のぞきこんだら、底で何かが揺れている。
顔をつけてみると、大きな甲羅が見えた。



「ねえ。こっちだよ」

蓮のかげから声がした。

「あんた、ちょっとだけって言うから貸したのに」

そっか。わたし、あれからずっと、甲羅 借りたまんまなんだ。

背中をむきだしにしてるのがこわくて、
亀におねがいして、めりめりはがしたの覚えてる。


「甲羅のないあんたの気持ちがわかったよ。ひどくたよりないものなんだね」

と亀は言った。

ごめんね。もう返してあげる。こんどは田螺にでもおねがいしよう。

それはそうと、裸の亀ってどんななの、
と聞いたけど、亀は恥ずかしがって出てこない。


みせてよー。


と、手をひっぱったあたりで、弟の呼ぶ声がして水から顔をあげた。

いつのまにか日は落ち、今は静かな水の中で、金魚が泳いでいる。





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posted by 瓜南直子 at 11:56| Comment(2) | 寝目物語 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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