2011年02月07日

 『寝目物語』第三夜 【夢婢子】



夢婢子M.jpg





【夢婢子】




夜。犬張子のいばが私を迎えにくる。

ちゃんとお行儀よく寝ているときだけ、いばは私を連れ出してくれる。

いつか、寝たふりの薄目で見ていたら、
その張りぼての鼻で、目のあたりをくんくん嗅いで行ってしまった。


だから、眠れなくても寝苦しくても、
まっすぐ仰向けに、
目を閉じてじっとしている。



そこは、なつかしい匂いのする土地。

生まれるずっとずっと前に、棲んでいたような国。
「世界に名前のないものはない」

もの知りの老師はそう教えてくれたけど、ここにはまだ、名前なんかない。

いばの背にまたがり、名前のない野をゆく。

名前のない川を渡り、
名前のない雲をつれて、名前のない坂をのぼる。

山のてっぺんであたりを見渡すと、景色はどこかきょとんとしている。

山も草もまだ、自分が何なのか、まるでわかってない。



名前をつけてあげなくちゃ。
いばから降りて自分で歩かなくちゃ。

北へ西へ、歩いて歩いてみんなをおこすのだ。
これから私も忙しくなる。
でも、とにかく寝相をなんとかしないと。



手足をそろえて固く目をつぶった。




........................................................


『寝目物語』についてはコチラ →http://bit.ly/eXNKQm






posted by 瓜南直子 at 20:17| Comment(0) | 寝目物語 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

 『寝目物語』第二夜【水奏楽】

水奏楽M.jpg





【水奏楽】




深くて暗い森の中もこわくなかった。

枯れた潅木、刺草の繁み。
ひっかかれ、すりむきながらどんどん進んだ。

うねって地を這う木の根や、びっしりふっかりの苔の感触も覚えている。
そして、山の懐ふかく、水が生まれ落ちるところへ、
ほてった重い躯を、のろのろと横たえた。

あれはいったいいつのこと。



幾度となく眠りの頁に折り込まれる夢である。

木々は育ち、年ごとに山眉の形をかえてゆく。

背中の上では、亀が目を細めて甲羅を干し、蜻蛉は羽を休めた。

鳥の目にかくれて、前足の内で幾度も魚が孵った。
冬には、滝がゆっくりと凍ってゆくのも見た。




ここで私は眠っている。
ずっと滝の調べを聴いている。

いつか苔もじまんの軀となり、 月の底では、山に緑に水にとける。



眠る私の見る夢を、わたしは知らない。




      .....................................................



『寝目物語』についてはコチラ →http://bit.ly/eXNKQm





posted by 瓜南直子 at 15:49| Comment(0) | 寝目物語 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

 『寝目物語』第一夜【とびうお】

とびうおM.jpg




【とびうお】

汗びっしょりで目がさめた。
さっきの夢のせいだ。
小さな入江。サカナの私が跳ねている。
わたしはぴちゃぴちゃとあせっている。

サカナの流儀にのっとってくねっているのに、
鰭も鱗もちゃんとついているのに、うまく操れない。

どこから見てもサカナなのに泳げない。
わたしは泳げないっ。



うんうんうなって目が覚めた。
見上げると、蚊帳の外に大きなかなぶんがいた。




土間におりて、甕の水をひしゃくですくう。

月が天窓から降りてきて、きらきらと水が光る。

潜り戸をあけると、かなぶんは
ちょっと左右に揺れてみせてから飛んでいった。

「かなぶん、待って」

木戸をあけ、小橋を渡る。
背丈よりも深い葦や がまの繁みをぬけると、

月の光を一身にあびたような、
明るい小さな沼があった。

まあるい大きな銀にあやされて、背鰭がうずく。



わたしは、泳げないサカナじゃなくて、
飛べるサカナだったんだ。





        ...........................................



『寝目物語』についてはコチラ → http://bit.ly/eXNKQm

posted by 瓜南直子 at 15:19| Comment(0) | 寝目物語 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

「寝目物語」連載始めます。

DSC_0698.JPG




『寝目物語』



夢の中だけで逢える、なつかしい人がいる。

私は、いつもの昔話の続きを聞きに、
水中に浮かぶ楼閣に棲む、その人を訪ねてゆく。

起きている時は顔さえ浮かばないのに、
数年ぶりにみた夢なのに、ここではまるで昨日の続きのように話している。

眠りの目が見る世界は、時軸も約束もちがうのだ。

そんな夢がぎっしり入った、つづらが枕元にある。

眠りが満ちるころ、中でごそごそ動きだし、


今夜も夢のつづらが、ひらく。





...............................................................................

『寝目物語』は、2000年〜2001年にかけて「月刊美術」誌上で連載した、小さなお話と絵をつづったページ。2001年8月に、銀座ギャラリー・ミリュウで原画展を開催し、同時に画文集『寝目物語』を刊行した。

もともと、言葉と絵がよりそう形が好きだったけれど、なかなかそんな仕事ができるチャンスはない。ならば、どちらもやってしまえ、の乱暴力で企画をすすめたのだが、ギャラリー・ミリュウの金安広志さんが快く乗って下さらなければ、単なる連載で終わっていた。

こうして形として残ることになったことに、心から感謝しています。


18cm×14cm という絵で言えば0号サイズのかわいい本。ブックデザインも、オフィスサクラの斉藤博美さんと相談しながら作った。モノクロっぽい表紙に赤の罫線を効かせているのは、まさに私の趣味である。

以前、このブログで一度連載したのだが、当時は携帯からアップしていたので、画像があまりにひどかった。個展も終わったことだし、ちょっと見直して改めて連載しなおすことにした。



しばらく、おつきあい下さい。




『寝目物語』は全十二夜。番外編を入れて十三話あります。

本そのものの情報はコチラ→ http://bit.ly/eXNKQm






posted by 瓜南直子 at 15:09| Comment(0) | 寝目物語 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は90日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。