
【夢婢子】
夜。犬張子のいばが私を迎えにくる。
ちゃんとお行儀よく寝ているときだけ、いばは私を連れ出してくれる。
いつか、寝たふりの薄目で見ていたら、
その張りぼての鼻で、目のあたりをくんくん嗅いで行ってしまった。
だから、眠れなくても寝苦しくても、
まっすぐ仰向けに、
目を閉じてじっとしている。
そこは、なつかしい匂いのする土地。
生まれるずっとずっと前に、棲んでいたような国。
「世界に名前のないものはない」
もの知りの老師はそう教えてくれたけど、ここにはまだ、名前なんかない。
いばの背にまたがり、名前のない野をゆく。
名前のない川を渡り、
名前のない雲をつれて、名前のない坂をのぼる。
山のてっぺんであたりを見渡すと、景色はどこかきょとんとしている。
山も草もまだ、自分が何なのか、まるでわかってない。
名前をつけてあげなくちゃ。
いばから降りて自分で歩かなくちゃ。
北へ西へ、歩いて歩いてみんなをおこすのだ。
これから私も忙しくなる。
でも、とにかく寝相をなんとかしないと。
手足をそろえて固く目をつぶった。
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